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交流活動一覧

学生平和交流ホノルル

第4回学生平和交流 in Honolulu

長岡の大学生、専門学校生、高専生、高校生を対象に行う平和交流プログラム。
第4回目となる今回は、大学院生1名、大学生5名、高校生3名の計9名が参加し、真珠湾追悼式に出席するなど、長岡とホノルルの架け橋となるべく交流を行ってきました。


日程

プログラム/日程
2014/
12/5(金)
  • 長岡出発
  • 新潟空港経由、成田空港発
  • ホノルル到着
  • モアナルアガーデン
  • ビショップ博物館見学
  • カカアコ・ウォーターフロントパーク散策
  • えひめ丸慰霊碑 献花
12/6(土)
  • ダイヤモンドヘッド登頂
  • KCCファーマーズマーケット散策
  • 長岡市長と昼食懇親会
  • 自由行動
12/7(日)
  • アリゾナ記念館訪問
  • 真珠湾追悼式典出席
  • パールハーバー・ビジターセンター内博物館見学
  • 真珠湾メモリアルシアター
  • アリゾナ記念館訪問
  • 太平洋航空博物館にて菅野医師と会談
  • 戦艦ミズーリ訪問
  • フォード島見学
12/8(月)
  • 日本総領事館訪問
  • ホノルル市庁舎訪問(副助役表敬訪問)
  • ハワイ大学訪問(見学と学生交流)
  • 国立太平洋記念墓地(パンチボウル)で献花
12/9(火)
  • ホテルチェックアウト
  • ホノルル発
12/10(水)
  • 成田空港着
  • 新潟空港経由、長岡着

体験記

報告会での参加生の言葉1

私たちは事前研修で自分たちの平和についての意見交換をし、それらをまとめ、ハワイ大学で発表し、学生たちと意見交換をしてきました。 その中で「平和とはいつも通りの生活がおくれること」といった私たちの意見と似ている意見もあれば、「戦争後、お互い傷つけあったからこそ、日本とアメリカがこうして交流を行えているのだから、戦争は悪い事ではない」、など、私たちが思いつかないような意見も聞くことができ、とても私たちにとって意味のあるものになったと思います。

実際に話すことで考えの一致や違いというものを知ることができ、非常に良い経験になりました。また日本とアメリカが時を経て互いに相手を理解し合い、平和に向けた協力関係に立っている姿をみて、知ること・理解することの
重要性を感じました。私にもできる平和に向けた取り組みの第一歩として、まずは自分の知らなかった世界について目を向け、知ることから始めたいと思いました。

自分と違う意見もあれば、同じ意見もあることを知り、そして偏りがちな自分の考え方を改める必要があると思いました。

人は皆違うのでコミュニケーションをとることで誤解を防ぎ、互いを認め合う一歩につながるのではないかと思いました。これからの私の課題は英語力を高めることと、自分はあまり自身の意見をもっていないと思ったので、普段からどんな世の中の問題があるか情報を収集するためのアンテナを張り、自分の意見を考える癖をつけたいです。

報告会での参加生の言葉2

12月7日の朝、私たちは真珠湾追悼式典に参加させていただきました。私たちのまわりには現役軍人とその家族
が多いようでした。7時過ぎの真珠湾は少し肌寒く、青空の下には海がきらきら光っていました。「攻撃が開始された」7時55分、私たちは黙とうしました。

上空を3機の飛行機が飛ぶと、迫ってくる音がとても恐ろしかったです。式典を通して感じたことは、もちろん過去の日本軍の攻撃の歴史を絶対に忘れないということはあるでしょうが、退役軍人や現役の軍人に対する畏敬の念が深かったことが印象的でした。

アリゾナ記念館は日本軍の真珠湾攻撃により沈められた戦艦アリゾナの上に建てられています。戦艦からは攻撃から70年以上たった今でもオイルが漏れており、内部にはいまだに戦死した方々の遺体が残されています。記念館から海を覗き込むと戦艦が目視できますが、漏れ出したオイルの下に沈んでいる戦艦を見たときは胸が締め付けられる思いがしました。そのオイルは「アリゾナの涙」と呼ばれているそうです。

黒焦げの水筒慰霊祭と菅野医師について、まず菅野医師は1945年、静岡での空襲を体験しました。そして、B29の墜落現場で僧侶の伊藤福松氏が発見した、米兵の遺品の水筒を受け継いだ方です。そのパイロットが握りしめていた指跡がしっかり残っている黒焦げの水筒を保持し、日米両国の犠牲者のために慰霊祭を行っています。
慰霊祭では菅野医師はこの水筒にウイスキーをいれて参加され、海に沈む犠牲者へ献酒されました。日本人、アメリカ人がお互い手を取り合って献酒し、周りには泣いている方もいて、とても印象深い慰霊祭でした。

報告会での参加生の言葉3

「対話」の経験からは日本にいて教科書やインターネットで知る情報などからでは感じ取れない「平和」についての現地の人々の感覚や思いを知ることが出来ました。ハワイ大学での「平和のために私たちができること」というテーマのディスカッションで、一人の女の子が発した言葉です。
「このような日本人とアメリカ人の学生によるディスカッションも平和のための行動の一つだと思う。」その言葉から、両国の学生とともに、これからもどんなに難しくとも対話を通して向き合うことをやめず、その対話から実際に自分たちがやるべき行動を実践して行こうという決意をすることが出来ました。

卒業後は新潟に戻り地元に貢献することを目標としています。このホノルルとの交流事業やその他の平和事業に何らかの形でこれからも関わり、たくさんの長岡市民がさらに平和について考え学んでいける環境づくりに尽力していきたいと考えています。そしてホノルルでの経験を多くの人に伝えるとともに、自分自身が平和について学び考えるという事をやめず、常にさまざまな所にアンテナを張り自分にできることを実践していきたいです。

相互リンク

米百俵財団ウェブサイト