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ホストファミリーHost Family

ホストファミリー体験記
~出会い・ふれあい・めぐりあい~

体験記

  • 【写真】ホストファミリーの写真

機関紙「HOWDY」の連載「ホストファミリー体験記~出会い・ふれあい・めぐりあい~」からいくつかの体験記を紹介します。ホストファミリーって実際にはどんな体験なのでしょう…。「ホストファミリーを一度は体験したい」、「外国の方に日本文化を教えたい」など、とにかく興味がある方は是非、体験者の生の声をお聴きください。

市政だよりを見た娘の一言からそれは始まった。「ホストファミリーになろう!!」夕食の最中に突然娘がこう言ったのだ。イベント事が大好きな我家の人々はあっさりとOK。我家には英語の得意な人間は誰一人としていないはずなのに「なんとかなる!」となぜか根拠のない自信。そんな彼らのおかげ(?)で初めは不安だった私も、ホームステイの学生が来るのが段々と楽しみになってきた。

6月10日待ちに待ったデブラが来た。英語は苦手と言っていた娘が四苦八苦しながらではあったが、しっかりと会話をしているではないか。これには、私も主人も長女もビックリさせられた。しかし娘が学校に出かけた後はもう大変。主人と私は、はるか昔の学生時代の記憶を呼び戻し、必死になって会話をした。今までにこれ程緊張した事があっただろうか。主人と二人でこれで「ボケるのが半年は遅くなるね」と言う程だった。

デブラがある日の朝食にフレンチトーストを作ってくれた。バターと卵で作るとてもシンプルなものだったが本当においしくて、デブラが帰った後もすっかり休日の朝の定番メニューとなった。

滞在期間、色々な交流会にも参加させてもらった。その中でデブラのする行動を見ていて私はドキドキハラハラ。「家の子はちょっと落ち着きがないのよね」と言った友達のホストマザーに弁解すると「本当に自分の娘みたいね」と言われ、初めてデブラの事を我子のように見ていた自分に気が付きうれしく思った。後半はデブラと一緒に過ごす時間が本当に楽しくて仕方なく、「一日位風邪をひいたことにして休ませたいね(笑)」と主人と話す程だった。文化や習慣の違う所に来てもすぐに溶け込みオープンで明るくいい子に巡り合えたことに感謝です。もっと早くからこの企画に参加出来たらよかったと思いました。

3月27日、夜10時近く玄関の戸がガラガラと開き、親子3人の外国の人が入ってこられました。オバトンさん親子です。私は孫から習った片言の英語で「ハウドュウドュ」と一人一人に握手しました。このときの感動は一生忘れることができません。

今は気軽に海外旅行ができるご時世です。私も1度は、アメリカという国に憧れました。でも今の私には夢の又夢であきらめておりました。それが今、アメリカの人が私の家に来てくださって、私と握手しているなんて夢のようで、ジーンと熱いものが胸にこみあげる思いでした。

心なしか、オバトンさんご家族も緊張されているご様子でしたので、私は心をほぐしていただきたく、早速ユカタをプレゼントして着せてあげましたら、とっても喜ばれました。お父さんはお相撲さんの真似をして日本語で「どっこいしょ」と言いながらしこをふんで見せてくださったので、みんなで大笑いでした。

それからはお互いに心がほぐれて、毎日辞典を見てはテンヤワンヤの大さわぎでした。英語がわからない私は、手真似、足真似で一生懸命ジェスチャーです。時々アメリカ風に抱き合って泣いたり、笑ったり、夜は時間の経つのも忘れてみんなで歌を歌ったり、日本茶が大好きで「ジャパニーズ・グリーンティー」と言って何杯も飲んでくださいました。

お互いにやっと気心が知れて馴れた頃お別れしなくてはなりません。駅のホームではどちらともなく抱き合って泣きました。1年も前から言葉の問題、食事の問題などで心配しましたが、過ぎてみれば「ああしてあげたかった」、「こうしてあげたかった」と悔いております。今はいろいろの思い出が走馬燈のように浮かんできます。

人間言葉が通じなくても、心と心が通じ合えば、言葉以上にわかってもらえるものだと実感いたしました。短い間でしたが、私にとって海外旅行以上のすばらしい体験を与えていただきました。

「知らないということは、時には幸いである。」ホストファミリーを引き受けるなんてことは夢には思っていたが、現実は他人の世界のことであった。それが急転下実現するとは…何の下準備もなしに。

語学力ゼロ…!受入れの返事をする前まで、妻の意見は消極的であった。それもそのはず妻は事体を冷静に予測している。二人の娘と言えば、フォートワースから女の人が来る、きっと楽しいことがあるに違いないと信じている。私は楽天主義で、家族が増える、それも娘が二人増えた程度の軽い考え。それぞれに温度差があるのは当然かな。

ついに家族一同で待ったその日がやって来た。美しいローリーとジェシカがやってくると、娘は緊張しながらまた照れくさそうにしながらも顔はニコニコ。部屋に入った二人の荷物の整理がついた頃、とりあえず全員でご挨拶。家の中の案内や明日の出発時間などを確認した後、夜も遅いのでゆっくりお風呂へどうぞ。

自由の時間は、どこへ行きたいか地図を示しながら聞いたら、海へ行きたいとのこと。家族全員で石地方面へドライブをして、レストランでディナーを楽しんだ。フォートワースでは海へは車で8~9時間かかると二人は言っていました。

翌日の日曜日は学校と町内の合同運動会。二人に話をしたら、喜んで参加してくれた。そして、参加自由種目の赤白「大玉送り」に選手として参加したところ、優勝。賞品をもらって大喜びでした。その日の昼食は、体育館でのおにぎりやサンドイッチなどを食べながら二人から楽しいと言ってもらえたことがうれしかったです。また、娘の級友がローリーとジェシカを取り囲んで、私は写真係をやったことも今となっては良い思い出です。

別れの朝は娘と集合場所で手を振りながら、良い思い出をアリガトウ!という気持ちでいっぱいでした。

ここから娘から楽しかったことの伝言です:
その1 ペラペラ英語を話せないけれど、生活の中で英語を話すのは初めてで楽しかった。
その2 食事をしたり、運動会に参加してもらったり、一緒に過ごした時間がいい思い出になった。
その3 たくさんのアメリカのお土産をもらってメチャうれしかった。
以上が娘の感想。

我が家にやってきたのはケリーという21歳のお嬢さんでした。午後5時、市役所の下に娘と2人で迎えに行き、ウェルカムボードを持って「こんにちは!」と言うと、日本語で「コンニチワ!」と返してくれました。とても笑顔のステキな楽しそうな娘さんだなという印象でした。

今まで何度か受入れをしましたが若い女の人は初めてだったので、心配なこともありましたが、ケリーはとても気のつく、気配りのできる子でまったく問題はありませんでした。私たちが「英語が話せない。」と言うと、辞書を出して一生懸命コミュニケーションを取ってくれて、助かりました。

ケリーの1日は自分でセットした目覚ましで起きることから始まり、布団をたたんで、シャワーを浴び、それから朝食。メニューはだいたいパン、サラダ、卵料理、果物、水。日本人はご飯、おかず、味噌汁を交互に食べますが、ケリーが1つずつ食べているのを見て、ちょっと不思議に感じましたが、彼女にはそれが普通なのだろうと思いました。でも箸の持ち方はすごく上手でした。

朝食後、ケリーは一人で授業に向かいます。バス停まで7~8分歩き、それからバスで20分。帰りももちろんバスでした。(テキサスクリスチャン大学生の受入れプログラムでは、大学生たちは自分で長岡の集合場所まで行き、日本語や日本文化の授業を受けます。)

帰宅後、宿題をしたり、読書をしたり、時間のあるときは洗濯物をたたんでくれたりしました。お料理はあまり得意でないといいながらも、ギョウザを包むのを手伝ってくれたり、フライの衣をつけてくれたりしましたが、火をつかうのは怖いと言っていました。夕食にタコ焼きをした時は、なかなか上手く返せなくて、「もうやめた。食べる方がいい。」と食べるのに専念。食事はあまり好きでない豆腐以外はなんでも大丈夫でした。夕食後は、家族のこと、勉強のこと、将来のことなどいろんな話をしてくれました。以前男の子を受入れた時はあまり話をしなかったので、いろんな話ができ、特に娘は楽しかったそうです。

ケリーは歴史に興味があるということで、休日は松本城へ行って来ました。遠い昔、歴史に残ることが起きていたその場所に、自分がいることに感動するのだそうです。帰りに、「温泉、大丈夫?」と聞くと「大丈夫。」と言うので、露天風呂へ入ってきました。嫌かなと思ったのですが、気持ちがいいと喜んでくれました。他にもバーベキューをしたり、花火をしたり、海に行ったり、いろんなところへ出かけました。

何でも興味を持ち、前向きに取り組むケリーにとても好感が持て、良い人と出会えたと思っています。今度は私たちが「テキサスに行きたいネ。」「ケリーの結婚式に行きたいネ。」と言うと、とってもテレて「ぜひ来てちょうだい。」と言ってくれました。

今も娘とメールの交換をしていて、訳したものを見せてもらっています。私もいつか英文で手紙をテキサスの娘に出そうと思っています。